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2005年04月19日

★成功者の条件

ビジネスの世界では、よく「Win-Win(ウィンウィン)」という言葉を耳にする。私もさまざまな場面で、お客様やパートナー企業に対しこの言葉を使う。また、使われることも多い。

今さら説明する必要がないほど浸透していると思うが、敢えて書くとすると、「お互いが勝てる(得する)間柄になるようにビジネスをやっていきましょう」という意味か。

フジテレビとライブドアがこのたび、「痛み分け」の業務提携に踏み切ったが、これとは対照的な意味合いを示す。

仕事柄、自己啓発の本や、成功者の体験本などに接する機会が多い。彼らの本を読んでいると、ねたみ、そねみ……いろいろ感じることはあるが、誰でも容易に彼ら成功者の共通項を見出すことはできる。

ほとんどのビジネスの成功者は、明るく、謙虚で、なおかつ他者の成功を祈っている。ジョークではなく、松下幸之助をはじめとしてこの域に達した人は多くの書物でその人柄が描かれている。

相手が企業であろうが、個人であろうが、相手の成功を手助けするのが成功者の条件であり、そういう人が実績をあげてさらに成功し、成功者でありつづけている。それが現状だ。

まさに、冒頭に書いた「Win-Win」を個人レベルで実践している人たちが成功しているといっても過言ではないと思う。

本当の成功を勝ち取った人は、もはや目先の利益以上に「周りの人たちにも成功してもらいたい」という使命感にとらわれるものだ。

逆にいえば、ここまで到達していない人は真の成功者とは呼べない。



ところが小説の世界、文壇の世界でいうと、どうだろうか。

果たして、小説の世界で成功した人たちがどれほど、新たな成功者を心待ちにし、才能ある若い芽を発掘する作業に力を注いでいるだろうか。

よく疑問に思う。

とある文学賞の選考委員が、こんなことを書いていた。
「新しい才能に何の期待もしていない」

要するに、ヘタに巧い奴が登場してライバルを増やしてもらっても困る、というわけか。それとも、もう新たな才能などマーケットが必要としていないと言いたいのだろうか。

私は以前、日本でも最も有名なシナリオ教室の通信講座を受けていたことがある。この講座の受講中にも、添削教師(脚本家)に同様のことを言われた。

当時は悲しい気持ちになるより、「なぜだ?」という強い疑念が胸の中で渦巻いた。

彼らの心が狭いとか、そういうことではなく、そういう心構えでないと生き残っていけない世界だということなのだろう。私には、当時わからなかった。いや、わかりたくもなかった。


もちろん、私はまだその世界に足を踏み入れたわけではない。だから認識が甘いのかもしれない。
だが、前述したとおり、私は「自分が成功したければ、周囲の人にも成功してもらう」ことが重要だと思っているし、それが成功への近道だと信じている。


どんな業界でも、「天才」はいる。そして「努力が報われる人」もいる。

だが努力している人間はいくらでもいるのだ。努力の比例によって成功曲線も比例して描かれるわけではないのである。
その人に才能があるかどうかは別問題だし、その人の努力のあり方が正当かどうかもわからない。


志が高く、努力を怠らない小説家志望者を数多く見てきた。
(私もそのひとりだと言いたいけど、どうかな)

しかしその彼らが全員プロデビューできたかとうと、そうではない。
私自身もそうだ。同じ場所で、同じ紙面を見つめてどうどうめぐりを繰り返している。あがき続けて何年も経った。

だから、私が来年、見事乱歩賞を受賞し、10年後ぐらいに人気作家になっていたら、いずれクーンツの「ベストセラー小説の書き方」のような指南本を出してみたいと思う。(よく考えると10年では無理か。20年は必要かも)


著者: ディーン・R. クーンツ, Dean R. Koontz, 大出 健
タイトル: ベストセラー小説の書き方



クーンツがこの本の冒頭に書いているとおり、これは金儲けのためでもなければ売名のためでもなかった。

多くの小説家志望の人たちに夢を叶えさせてあげたいという使命感が、彼にこのような行動をさせたのだ。


小説を書くのにそんな教科書は必要ないと思われる方は多いだろう。が、努力の力点をどこに置くのか、自分自身で理解することによって飛躍的に素晴らしいアウトプットを創りだす人はいる。

私自身でそれを実証し、私自身が人気作家になってみよう。そうすればそれを追随したがる人もいるはずだ。

ぜひともそれを実行したい。私の夢はそれだ。

私が書く小説自体で訴えたいことも多いが、多くの志ある人を市場に送り出し、彼らの、それぞれの「訴えたい」ことを世に知らしめることも、素晴らしく価値のあることだと信じる。それをやってみたい――。


さてと。


まあ〜、今回は大仰なことを書いた。(苦笑)

「狸の皮算用」的発想を書かせたら、天下一品である。



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この記事へのコメント
じゅんさんの意見を支持します。小説家志望者の大多数の人たちは、狭い自己愛に凝り固まっていて、症状の軽重はあるものの、多かれ少なかれ、人格障害を起こしている気がします。エゴイズムにはじまり、エゴイズムに終わる、優れた芸術家の中にそんな人など一人もいません。ゴッホもドストエフスキーも、自分のことに負けないくらい、他者とか世界とかについて考えた人だと思います。自分のことばかり考えているようじゃ、作家にはなれないでしょう。せめて誠実な思想を持って努力している人の背中を押してあげられる度量を持ちたいものです。といいつつも、自分のことだけで、ぎりぎりになってしまいがちな、今日この頃ですが…。
Posted by タカ at 2005年04月20日 02:18
タカさん、おはようございます。アマチュアである以上、他者に目を向ける余裕がないのが残念ですね。もちろん、相手を成功へと導かせる技術自体もまだないわけで。。
Posted by じゅん at 2005年04月20日 06:13